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2019年9月19日 (木)

今年も赤い羽根募金の時期が来た

2019-09-19(木)曇り/晴れ

 今年も赤い羽根募金の時期が来たようです。赤い羽根募金というと冬、寒い中での募金というイメージがありますが、ここでいう募金というのは自治会を通して集めるものです。その、周知徹底のお知らせの紙が回ってきました。後日、集金にくるようです。
 募金の意義は分かりますし、それが役だっているところがあるのも分かりますから、募金の意義や募金そのものについてどうこう言うつもりはありません。が、何となく、すっきりしない点もあります。
 ひとつは、募金という形態なのに、「集めるのが当たり前のお金」みたいなところがすっきりしません。自治会の各組の、集める側も出す側も、もはや募金という意識はないような気がします。自治会費と同じような、言うなれば簡易税金みたいなかんじでしょうか。まあ、色々言いながらも典型的な日本人としては、向こう三軒両隣をうかがいつつ、同じように出しますけれど、、、。
 もうひとつは、全戸から集めるのであれば、街頭/駅前の、あの子どもを並べた募金はやらなくても?と思うのですが、、。寒い中、無理矢理ならばされて大声を上げさせられているように見えるのは私だけでしょうか。何となく、やけになって上げている声みたいに聞こえます、まあ、時間が経てば疲れるから仕方がないかもしれませんけれど。また、1~2回しか通らない人であれば、そのとき募金して終わりですが、毎回毎回通る人はそのたびに出していたら財布が赤い羽根みたいに軽くなってしまいます。出さないときは、あの無言、または大声の圧力は辛いものがあります、一人二人ならともかく、ずらっと並んでいますから、、。
 あと、あの赤い羽根は、いまや配る必要があるのかあ。「赤い羽根」という名称とか、そのデザインは、名称とかロゴ、シンボルマークとして扱い、いちいち羽尾を配らなくても良いような気もします。赤い羽根は国外で生産(製造費用の関係か)されているようですが、もう配らないで、そのお金も本来の使い方に組み込んだ方が良いのではないかなと思うのです。
 詳細とか内実を知らないから、的外れなことを思っているのかもしれませんが、お知らせの回覧を見ながら、そんなことを思った日でした。

 

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