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2008年10月10日 (金)

戦争と平和? ノーベル賞雑感

2008-10-10(金)晴れ

 戦争と平和、、え~っと、文学の話ではありません。ここのところノーベル賞の話で賑やかですが、それを見ていて思い出した自分の考えの話です。

 まずは、ノーベル賞で日本の方が物理とか化学の関係で多く受賞されて、目出度いことと思います。今回、日本の方が多くなったというのに関しての見解も一点ありましたが、確かにそうかもしれないなとは思いました。それは、同じレベルで候補者がいたら欧米の方が優先されていたが、欧米の方は概ね受賞したので、それ以外のところに廻ってきたのではないかという意見です。まあ、事実は分かりませんが、廻ってきて受賞できたことは喜びたいと思います。

 平和賞も決まったのでしょうか。ところで、私が書きたかったのはこちらのことです。これほど不思議な賞もないなあと、いつも思っていました。平和賞って、他の賞のように結果に対して出るのではなくて、経過(努力)に対して出るのだと思いますが、評価が難しい賞ですよね。経過(努力)に対して出ると言う意味は、受賞理由となったことの結果も、その後1日で吹っ飛んでしまうかもしれない、全然平和ではなくなってしまうかもしれないという意味です。他の賞の結果は、次の理論で変化があったとしても、それ自身が無かったことにはならないのですが、平和だけはそうでは無いですね。

 あと、選考も難しいだろうなと思います。いつも、選考結果が出たとき、これほどユーモアというかアイロニーというか、ちょっとニヤッとする内容を感じる賞もないかなと思います。

 それにしても、これほど無くなって欲しい賞もないけど、多分無くならないだろうという賞もないですね。無くなって欲しいというのは、平和だったらあり得ない賞、と言う意味です。平和じゃないから存在の意味がある賞、と言うわけです。

 もともと、ノーベル賞を設けたのは、実はこの賞を設けたかったからではないかと思っています。ノーベル氏自身が矛盾を感じていたのではないかなと思います。ノーベル氏がその財産を築いたのは、一番の原動力は戦争ではないかと思うのです。ダイナマイトができて、一番金に糸目をつけずに使ったのは戦争ではないでしょうか。だから、彼はその矛盾に気がついて、他の人にも平和と戦争の事を考えて欲しくて設けたのではないでしょうか。

 「戦争と平和」、では無くて「人間と平和」というべきでしょうか。人間と平和は、永遠に共存できないものなのかもしれません。

 

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